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症例37 意思能力鑑定 ―不動産売買契約の無効が争われた事案―
高齢男性が単独で締結した不動産売買契約について、死後に意思能力の有無が争点となった事案です。過去の遺言作成時と、その後の不動産売買契約時とで、意思能力の評価が分かれた点が特徴です。
事案概要
A氏は地方在住の自営業者で、70歳のときに家族と相談のうえ公正証書遺言を作成していました。遺言の内容は、「所有する不動産は長男に、預貯金は妻に相続させる」というものでした。
その翌年、仕事をやめた頃からもの忘れが目立つようになり、徐々に認知機能の低下がみられるようになりました。
その後、遺言作成から10年後の80歳時、A氏は所有していた不動産を約5,000万円で建設会社Bに売却し、売買契約はA氏ひとりで行われていました。
A氏の死後、遺族は契約当時のA氏には正常な判断能力がなかったのではないかと疑問を抱き、建設会社に経緯の説明を求めました。しかし、建設会社の説明は「契約時にA氏とは顔を合わせたが、基本的なやり取りは仲介業者が行っていた」という内容にとどまりました。
そのため遺族は、不動産売買契約は無効であるとして訴訟提起を予定し、本売買契約時におけるA氏の意思能力鑑定を依頼しました。
医学的検討
A氏は71歳時、不整脈症状で受診した際にもの忘れについても相談しており、頭部CT検査と認知機能検査の結果、アルツハイマー型認知症の疑いを指摘されていました。
その後はアリセプトを内服しながら、高血圧や不整脈などの持病とあわせて経過観察されていました。
1.画像所見
71歳時の頭部CTでは、全体的な脳萎縮所見と陳旧性脳梗塞所見が認められました。
75歳時の頭部CTでは、全体的な脳萎縮所見の進行が確認されました。
これらの所見から、アルツハイマー型認知症、またはアルツハイマー型認知症と血管性認知症の混合型認知症が示唆されました。
2.認知機能検査の推移
改訂長谷川式簡易知能評価(HDS-R)は、71歳時18点、75歳時13点、80歳時2点、その6か月後3点、81歳時1点、その後も1点から3点の範囲で推移し、82歳時には0点が記録されていました。
HDS-Rはスクリーニング検査であり、点数のみで進行度を断定することはできないものの、75歳時から80歳時の間に明らかな機能低下が生じていたと判断されました。
3.介護認定資料
主治医意見書では、75歳時に認知症高齢者の日常生活自立度Ⅱb、76歳時にⅢa、77歳時と79歳時にⅢb、81歳時にⅣと評価されていました。
特記事項として、徘徊、暴言、介護への抵抗、易怒性、さらに81歳時にはトイレの失敗の増加が記載されていました。
認定調査票は保管期限の事情で取得できませんでしたが、75歳時に初めて介護認定を受けていたことから、この頃には認知機能低下が日常生活へ大きく影響していたと推察されました。
鑑定結果
検討の結果、A氏の認知症は「脳血管障害を伴ったアルツハイマー型認知症」と考えられました。
発症時期は70歳から71歳頃、進行度はFAST分類(*1)に照らして70歳頃は軽度、75歳頃は中等度、76歳頃はやや高度、81歳頃には高度と評価されました。そのうえで、公正証書遺言を作成した当時は、A氏には遺言作成に必要な意思能力が保たれていたと判断されました。
一方で、不動産売買契約を締結した当時は、A氏は高度に進行した認知症の状態であり、売買契約を行う意思能力は有していなかったと評価されました。
*1 FAST分類:Functional Assessment Staging of Alzheimer’s Diseaseの略。アルツハイマー型認知症の進行度を7段階で評価する尺度。
メディカルリサーチからお伝えしたいこと
本件は、同じ人物であっても、時点が異なれば意思能力の評価が変わり得ることを示しています。そのため、問題となっている契約時点だけでなく、その前後を含めた経時的な医療記録や介護記録を丁寧にたどることが重要です。
また、こうした事案では、契約当事者だけでなく、取引に関与した仲介業者や士業の先生方も、後に説明や対応を求められる可能性があります。
だからこそ、メディカルリサーチの意思能力鑑定は、紛争が生じた後の立証資料としてだけでなく、関与者が将来のリスクに備えるための実務的な対策としてもご活用いただけます。
