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症例36 意思能力鑑定―司法書士も当事者となった契約・遺言トラブル―
高齢女性が行った「養子縁組」「不動産売却」「遺言作成」。
一見問題のない手続きの裏で、意思能力の有無が争点となりました。
概要
A氏(女性)は三姉妹の長女で未婚。墓の承継を理由に、80歳時に甥であるB氏と養子縁組を行いました。その頃から介護サービスを利用しており、認知機能・身体機能は徐々に低下していました。
その後85歳時、A氏はC氏(女性)とも養子縁組を行います。しかしこの事実は家族に共有されておらず、C氏との関係性も不明でした。
86歳になるとA氏は介護施設へ入所。同年、自宅を売却し、不動産会社と売買契約を締結します。さらに「全財産をC氏に相続させる」とする公正証書遺言を作成しました。
これらの手続きには同一の司法書士が関与していました。
A氏は約1年後に死亡。死後、B氏ら遺族は契約および遺言作成時の判断能力に疑問を抱き、訴訟提起を前提として弊社に意思能力鑑定が依頼されました。
問題となった判断根拠
契約および遺言作成時、A氏については以下の理由から「問題なし」と判断されていました。
・礼節が保たれていた
・氏名・生年月日・住所を正確に答えられた
・遺言内容の読み上げに対し「はい」と応答した
しかし、これらの所見のみで意思能力を評価することは医学的に妥当なのでしょうか?
医学的検討
1.認知症の進行
画像所見および介護認定資料から、A氏はアルツハイマー型認知症を発症し、進行していたと考えられました。
特に82歳以降は明らかな機能低下がみられ、86歳時には高度認知症の状態と評価されました。
(FAST分類)*1
80歳頃:正常~年相応
82歳頃:軽度
84歳頃以降:中等度~やや高度
86歳頃:高度
*1 FAST分類:Functional Assessment Staging of Alzheimer’s Diseaseの略。アルツハイマー型認知症の進行度を7段階で評価する尺度。
2.判断能力評価の限界
・礼節が保たれていること
・基本的な個人情報を答えられること
これらは認知症が進行していても保持されることが多く、判断能力の指標にはなりません。また、「これで良いですか?」という単純な確認に対する応答だけでは、遺言能力の有無は判断できません。本来は以下のような理解が必要です。
・誰に財産を残すのか
・なぜその人物なのか
・遺言がない場合の相続関係
・遺言によって生じる影響
これらを本人が理解し、自らの意思として判断できているかが重要です。
検討結果
本件について、以下のように評価されました。
・A氏はアルツハイマー型認知症であり、契約当時は高度に進行した状態
・不動産売買契約および遺言作成時に意思能力を有していたとは認められない
・当時の確認方法では、判断能力や遺言能力の評価として不十分
・C氏との養子縁組についても、真意に基づくものか疑義が残る
この症例を踏まえてメディカルリサーチからお伝えしたいこと
遺言能力の評価は、「受け答えができるか」ではなく、
・認知症の有無と重症度
・遺言内容の複雑性
・その結果生じる法的・社会的影響
を踏まえ、「内容を理解し判断できる状態か」を医学的に検討する必要があります。
形式的な確認のみでは、意思能力の担保にはなりません。
だからこそ、契約や遺言作成においては、後の紛争を見据えた意思能力の確認が不可欠です。
評価が不十分な場合には、関与した士業の先生方が責任を問われるリスクも生じ得ます。
メディカルリサーチの意思能力鑑定は、こうしたリスクへの実務的な備えとしてご活用いただけます。