労災

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事例15 パワハラによる身体障害および精神障害発症を争う。多岐にわたる障害は本当にパワハラが原因といえるのか?

【事案の概要】

ご依頼者:B社代理人弁護士
鑑定対象者:A氏 当時20代 男性

A氏はB社に事務員として勤務中、指導中に椅子を蹴られたことで両下肢麻痺を訴えて整形外科を受診。器質的な異常は指摘されず、腰椎捻挫の診断を受け休職。
一度は両下肢麻痺は改善するが、約1ヶ月後に再発。
A氏は、パワーハラスメントを受けたことにより、両下肢不全麻痺および精神障害を生じたとして、B社を相手取り民事訴訟を提起。

<A氏の主張>

A氏は、両下肢不全麻痺、急性ストレス障害、転換性障害、身体表現性障害、適応障害を発症したのはB社におけるパワハラ(日常的な嫌がらせ、椅子を蹴られる行為)が原因であると主張。

<B社の主張>

B社は、日常的な嫌がらせは無く、椅子を蹴ったという事実はあったとしても、障害を残すような強さのものではないと主張。

<労働基準監督署の判断>

労働基準監督署は身体症状および精神障害について業務起因性があると認定し、労災給付がなされた。

A氏の訴える両下肢不全麻痺および精神障害はB社でのパワーハラスメントが原因であるのか、医学鑑定の依頼となった。

【この事例における検討事項】

A氏は複数の医療機関を受診し、複数の診断を受けていた。
A氏が受けた以下の診断名は適切といえるか否か。

  1. 急性ストレス障害
  2. 転換性障害
  3. 身体表現性障害
  4. 適応障害

【検討のポイント】

  1. 急性ストレス障害(ASD)
    →トラウマになる圧倒的な出来事(外傷的出来事)を経験して間もなく始まり、1ヶ月未満で消失する、日常生活に支障をきたす強く不快な反応。
    A氏の場合、ストレスはあったと考えられるが、トラウマになるような圧倒的な出来事があったとは言えず、適切な診断とは言えない。
  2. 転換性障害
    →かつてはヒステリーと称されていたもので、意識化されない心理的葛藤やストレスにより身体症状が生じる(転換される)状態。
    A氏の場合、器質的な異常がないにも関わらず両下肢不全麻痺を呈しており、転換性障害は疑われるが、一度は改善した症状が休職後に再発しており業務上のストレスによるものかは疑問である。
  3. 身体表現性障害
    →身体の病気と思われるような身体症状があるが、身体の診察や検査ではそれに見合った所見がなく、一方で、症状そのものや症状に伴う苦痛、不安によって、生活に支障が生じている状態。ストレスが原因の一つと考えられている。
    A氏の場合、器質的な異常がないにも関わらず両下肢麻痺を呈しており、身体表現性障害も疑われるが、一度は改善した症状が休職後に再発しており業務上のストレスによるものかは疑問である。
  4. 適応障害
    →ある特定の状況や出来事が、その人にとっての主観的な苦悩を生み、そのために気分や行動面に症状が現れるものを言う。
    適応障害は原因となるストレスが無くなると症状が改善するケースが通常であるが、A氏の場合、休職後も精神症状に改善がないということから適切ではない。

【鑑定結果】

両下肢麻痺については、転換性障害または身体表現性障害が疑われるが、一度は治った症状が休職後に再発していることから、会社でのパワーハラスメント(業務上のストレス)が原因とは考えにくい。
また、A氏が休職しても精神症状が改善していないことから、適応障害とは言えず、詐病の可能性も否定はできない。
いずれにしても、A氏の両下肢不全麻痺および精神障害は業務起因性がないと考えられ、労災認定は適切ではないと言える。
以上の内容にて、精神科専門医による意見書を作成した。

以上